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定年後の生涯学習のテーマは「お江戸」ガイドボランティアを通して多くの方と分かち合い

昨年秋でビジネスの世界を“卒業”しましたが“卒業”前から「生涯(に亘って興味を抱き続けられるテーマで)学習」したいと思っていましたが、下町浅草に生まれ育ったことなどもあり“取り敢えず”「江戸」に置いてみました。

 

現在は江戸東京博物館と「房総のむら」でガイドボランティアを、そして今春からは千葉市美術館の小中学生向け鑑賞教育リーダーのお手伝いも始めました。(何故千葉市美術館?とのお尋ねもあろうかと思いますが、千葉市美術館は「江戸絵画」への注力が素晴らしく今までも注視しておりまして市外ですが参加させて頂くことになりました)

東京江戸博物館の両国橋西詰の模型 千葉市美術館内のさや堂ホール

「江戸博」・「房総のむら」・「千葉市美術館」に共通するのは、私の「生涯学習」のテーマである「江戸」ですが、一方「房総のむら」の風土記の丘(龍角寺古墳群)の勉強を契機に“房総”に興味を持ち始めました。

 

“房総”と言いますと「南総里見八犬伝」くらいしか連想しなかったのですが、龍角寺古墳群を通して多くのことを知りました。例えば、房総は7世紀の頃常陸の国(茨城県)に至る東海道上の重要な地であったこと(上総・下総の逆転の理由)、香取神宮(下総の国一ノ宮)と鹿島神宮(常陸の国一ノ宮)の関係、鹿島神宮はかつて香島神宮と呼ばれたが何故両方に“香”がつくのか、鹿島神宮の本殿は神社には珍しく北向きになっている理由、房総は日本でも有数の“古墳県”であり龍角寺古墳群はその中でも規模が大きく古墳時代の終わりから仏教が普及した白鳳時代にかかる“時代の狭間”の遺跡(日本最大の方墳岩屋古墳と龍角寺の関係)であること、古墳の石棺・石室の石材は筑波山産と言われているがどうして・どうやって運ぶことができたのか、それを可能にした房総・常陸をまたがる壮大な地形的背景・そこには見当たらない誰もが知っている大河、その地域で朝廷に反乱し跋扈した平将門が辿った運命と成田山新勝寺の関係、柏市や我孫子市に散在する将門神社と佐倉市将門、神田明神と成田山新勝寺は両方お参りしてはならない理由、などなど6世紀から10世紀への房総は興味が尽きない対象です。

房総の村の古墳 埴輪
 

また徳川家康が小名木川や東金御成街道を何故急いで造ったのか、家康が始めた江戸幕府による下総・常陸での歴史的な治水工事と我々が現在受けている恩恵などを考えますと17世紀からの房総も興味が尽きない対象です。

 

現代に繋がる江戸・房総を知ると、この日本の土台・骨格が設計・構築された6世紀から8世紀も、記紀(古事記・日本書紀)も勉強しなければならない、と思いますと時間が残っているようで意外と残っていないのでは、と焦りすら感じる昨今です。

千葉市美術館のボランティア研修で素晴らしい言葉を知りましたので最後に共有致したいと思います。「生涯学習とは、知らなかったものに出会い、今までの自分が打ち壊され更新されること、学ぶ喜びとは自分が更新される喜び」

投稿:稲本

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